葬儀と死後の世界

 

葬儀と死後の世界

これまで「生きる事の意味」を考える中で、大津秀一先生の書籍やスティーブ・ジョブズの生前のスピーチを紹介して来ました。これからも「生きる」ヒントとなる話をご紹介して行ければと思います。

 

さて、ここでは「死後の世界はあるのか」という、死生観の最大の問いに触れてみたいと思います。

普通、人が死ぬという事は、肉体が滅びるということをいっています。

余談ですが、危篤患者が死亡したかどうかという判定は、実はとても難しい事のようです。呼吸と心臓が止まったら死亡とするのか、脳の電気的活性が停止したら死亡とするのか、今でも議論があり、完全には判定できません。

昔は、本当に亡くなったのか一晩置いて確かめたそうで、それが現在の葬儀における、お通夜の起源とも言われています。土葬された古いお墓を発掘すると、たまに棺桶の内側に引っ掻いた後が発見される事があるそうです。想像すると絶望的な気持ちになりますよね。

さて、人間は死亡して、肉体が滅びたらそれで全てがおしまいなのでしょうか。それとも霊魂という、肉体を持たない存在形態があり、さらに死後の世界が私たちを待ち受けているのでしょうか?

この問題は、死者と会話ができないために、未だに謎となっています。

死者との会話といえば、降霊術や、イタコの話が出てきますが、ここでは「臨死体験」(りんしたいけん、Near Death Experience)という現象をご紹介します。

危篤の状態や、あるいは心停止した後で蘇生する事があります。そういった人の4~18%が、その状態の時の記憶を持っていて、それらが臨死体験として記録されています。医学技術の発達にともない、臨死体験の例は増加しており、葬儀の相談中に生き返った、などというお話もあります。また、そうでなくとも古くから数多くの事例があります。

臨死体験が多くの人々を惹きつけまた、学術的な研究対象となっているのは、その内容が非常に似ており、しかも死後の世界の存在を感じさせるものだからです。また、全盲の患者の臨死体験で、周囲の出来事を事細かに見て蘇生後にそれを説明したという例があるように、脳内で作られた錯覚だとも言えない事例があるのです。

脳の働きでは説明できない臨死体験の事例はたくさんあります。最新の科学の知見を追うことも興味深いですよね。あの世があるかないかは明確になりませんが、「死が怖くなくなった」という人もいるかもしれませんね。

 

そんなに頻繁にあるはずはないですが、葬儀の時には心をこめて、充分に礼をつくしたセレモニーにしてあげたいものですね。

 


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